異形の楽苑


日中はどんどん春めき、ともすれば夏めいてさえいる今日この頃で、
GWもすぐそこというこの頃では、白や赤紫のツツジの花も鮮やかに咲きほころぶ中、
何なら初夏の日差しと共に夏を思わせるような気温までたたき出す日もあるほどだが、
陽が落ちればまだまだ肌寒い日もあり、上着はなかなか手放せぬ。
こういう乱高下が実は一番こたえるもので、皆様どうかご自愛を。

「寒くないですか?」
「いんや。むしろ居心地が善すぎて転寝しちまいそうだ。」

姿はさすがに観えないが、沖合からのそれだろう、時折 遠い汽笛が届く街の更夜にて、
他には人影もない漆黒のとばりの中、柔らかな囁き合いが紡がれている。
春の宵の中でのおデート、甘い密会かといや さにあらん。
これでも一応は立派な就業中。武装探偵社とポートマフィアの合同任務の真っ最中だ。
殺風景極まりない場所、武骨な鉄骨組みの電波塔にまさかのガーゴイルの塑像が置かれているかのような、
そんな影となって座り込んでいるのが、武装探偵社の新鋭、前衛担当の中島敦くん。
待機任務ということで、大きめのウィンドブレーカを着たままで
腕や脚を半人半虎状態にして年季の入った鉄骨を足場にうずくまり、
眼下に広がる静かに眠る街を見守る守護神のように佇む彼だが、
単身で待機中ではなく、会話を紡ぐお相手も同坐していて。
異能である白虎を身に下ろしたことで日頃より雄々しくなった両腕の輪の中に納まっているのは、
まだまだお若いのに漆黒のフォーマルもどきな“黒服”がお似合いの、
ポートマフィアの五大幹部がお一人、
重力操作という無敵な異能を操る御仁、中原中也その人である。

 「こんだけの高さだ、結構冷たい風も吹いてんだろうに、
  敦の毛並みは上等だな。ふかふかでうっとりもんだぜ。」

話す傍からつややかな赤いくせっ髪がふわりと風に遊ばれているよな春の夜陰の中、
虎くんの天然の毛並みで暖を取る幹部様。
聞こえたらば殴られるやもだが やや小柄な御仁ゆえ、
見ようによっては
いかにもゴージャスな毛皮に埋まっている、ただの権高な優男のようだけれど、
今はまだ真の厳戒態勢ではないから余裕を見せているだけのこと。
そんな薄っぺらな権勢者もどきでないことは敦自身もよ〜く知っており、
むしろもっと威張っていいのになぁと思うほど日頃からも気さくでざっかけない。
そんな男だと胸を張りたくなるほど ようよう知っているようなお付き合いもある身、
なので、仕事中だのに彼と共に居ることにこそ気を取られないようにするのが大変だというに、

 「う〜〜〜。そんなモゾモゾしないで下さいよぉ。
  何か…くすぐったくって落ち着けませんてば。///////」
 「何だよ、可愛いこと言うんじゃねぇっての♪」

さすがにお仕事中という意識が抜けぬか、肩に力が入っていたらしかったが、
出来るだけ気配を消すべく くっついての待機となったのが思わぬ羞恥という焦りを招いているようで。
そんなお言いようをハハっと笑い飛ばすところが尚もって頼もしい幹部様だったりし。

 それにつけても、今までには無かった組み合わせでの共同戦線。
 お気楽に構えることなぞ出来ないらしい敦の様子に、可愛いもんだとの苦笑がこぼれる中也だが

そうというのも、なかなか面倒な異能発現とあって、
ちょいとややこしい前置きがあってからの、武装探偵社とポートマフィアの共同戦線が敷かれた次第。

  __ 得体のしれない“存在”がヨコハマの夜を闊歩している

事の発端はそんな情報が、だが、都市伝説となる前に異能特務課によって裏付けを取られたこと。
しかも気配に敏感ならしく、
軍警はもとより 異能者という格好の“火器”の多いマフィアでも捕り逃がし続けており、
真っ向から鉢合わせた者はなし。
破壊されたあちこちの施設の状況からして、武装や得物があるかどうかは不明ながら膂力も強く、
火薬の反応や精密部品の残滓はないものの、
監視カメラに影さえ残さぬ神出鬼没ぶりからは途轍もない素早さが想定されよう脅威でありながら、
その実体は人なのか獣なのか 誰も知らないままというから、
一体何者の、どのような思惑があっての、人外枠級の狼藉夜行かと謎ばかりが増えていたものの、

 『異能の産物?』

何と其奴は大元の異能者が思い描いた“創作”から実体を持って生れ出た存在だという。

 『創造した主人からの思い入れが足りず、但し書きがない部分はもろい。
  生気に限りがあったり陽に弱かったりとケースバイケースではあるが、非異能者でも対処は可能だよ。』

そもそもが異能者の妄想のみから発生した存在で、
しかも創造主たる人物は、異能へという制御や何やの鍛錬も積んではいない。
何なら自身の空想がそんな厄介なものを生み出していることにすら気づいてはないようで、
良く突き止めたな異能特務課…と思っておれば、
何のことはない、武装探偵社が世界に誇る名探偵が慧眼にて暴き出したというから穿っている。

 それはともかく

それなりの期間をかけて執筆という積み重ねはして来たらしいけれど、
まだまだ人生経験も少ない若い人で、書いてたあれこれも学業と並行しての趣味の域を出ないという段階。
天才奇才というタイプじゃあなく、感性が軸となろうエッセイの種も苦手で、
得意な物語の方も構想設定や描写や何やはまだまだ未熟、突発的な出来事を追う短編や会話重視の作品が多め。

『そんな足りない尽くしの中、偶然発現したような代物だよ。
 他愛のない妄想が現実の生身に勝てたらむしろ大変だろう。』

大変だろうという言い方は何かはしょった感もあるけれど、
物書きの知己も少なくはない乱歩がこれでも彼なりに言葉を選んで評したお言いよう。
ここまで“身元”も割れているくらいで、
当の異能者は騒動のしょっぱなあたりで特定され、
異能の産物からの逆襲でもあったらコトだと既に異能特務課の保護下にある。
通っている大学での奨学生認可という架空のシチュエーションを立ち上げて、
当人を異能の利かぬ庇護下に保護した上で、生み出されたあれこれへも退治や捕獲が進みつつあり、
先に挙げたように他の小物らはどこかに破綻があって そこを突々いて叩き伏せられもしたが、

 一番手ごわい“存在”がなかなか捕まらない。

神出鬼没で生身の物理攻撃は効かないし捕縛も無理。
同じ異能者を敵と認知できるのか、太宰を投下しても逃げられる。

 『投下って…。』
 『文字通り、乱歩さんが目串を刺した出現予想地点へ、
  人を運べる新鋭のドローンで運んでって命綱付きで“投下”されたんだけど。
  確かに目視出来た存在が幻みたいに一瞬で消えたッてワケさ。』

大勢で押し寄せるのではなく、
出来るだけ察知させずに素早く接したら何とかならないかという策だったが、
そのドローンの操作を担当した谷崎が、自分も同時に目撃しただけにこれはお手上げだと肩をすくめた。
ちなみにその折は4本腕のクマのような姿だったらしく、
後足で立っていたそのまま空を仰いだ姿を初めて動画に収めてもおり、

 『危険な存在を嗅ぎ分けられるんだろうか。』
 『自分を制止しようって相手だとは判るんじゃないか?』

これまで防犯カメラの類に姿が捉えられたことはないが、目撃者がいないわけではない。
というか、もしかしてカメラを避けてはなかったのかも知れないと乱歩が言う。

 『姿を変えられるっていうのはズルいですよね。』
 『まあ、そこが想像の産物の便利な融通ってやつなんだろうがな。』

筋骨隆々とした格闘家だったり、ひらひらした拵えも華やかなキャバ嬢だったり
何でだかそこからハトになったり人の顔ほどもの大きさの蝶々になったりしたらしく。
後からの報告が連ねられた資料を忌々しげに睨む国木田であり、
目撃した対象の姿や大きさがあまりにもばらばらで、
しかも変身しただの消えただの、顛末が奇天烈でもあったので
悪戯の通報か酔っ払いのたわごとと処理されたケースもあり。
最初のうちはまさか同一犯だとは誰も思わなかったが、付随する不思議現象が共通項となったという順番で。

 『それが騒ぎの始まりだったんだけどもね。』
 『あまりに奇異なこと過ぎて、酔っ払いの幻覚扱いだったらしいよ。』
 『他の街なら都市伝説となって1年くらいは表面化しないところだったかも。』

それだけだったなら看過されたままだったろうが、
現実世界には居なかろう角の生えたうさぎだったり翼のある猫だったりへも化け始めたもんだから。
異能というものを警戒しまくりなヨコハマでは地下へもぐる間もあらばこそで
隠密裏ながらも異能へ関わりのあるその筋全体への手配が回り。
何か幻覚を見せる異能だろうか、いやいや物理の被害もたんと出ている。
倉庫が破損されたり移送車に体当たりを敢行されたことからマフィアの筋も すわ妨害組織かと警戒し、
あっという間に目撃情報から行動範囲が絞られて、
名探偵の超推理もあってのこと、生産者たる作家見習いの大学生さんが身柄確保されたのがつい先々週のこと。
それから小さな幻想の遺物は次々と取っ捕まったものの、
やっと最後に居残ったのが色々と能力値の高い難物だったりし。
異能無効化が看板の太宰が触れるまでもなく、ちょいと突々けば消えるような可愛い手合いばかりだったものが、
其奴だけは別格で、まずは捕まらないその上、姿かたちも変えまくるので特定も出来ぬままに日を数え。
勘違いしていたマフィア勢から火器を繰り出された抵抗か、猛獣になっての強引な逃亡を図るようになり、
そうなった責任を取らせてほしいと、本音はどうだか知らないがマフィアも協力を申し出て。
ヨコハマのあちこちに大々的に規制線を張り、
それでも潜り込むような不埒な好奇心持つ若人は遠洋漁業の船へ乗っける仕置き付きで徹底排除しつつ、
魔獣確保の大作戦が敢行されている。
先日はボックスカーほどもあろうかという双頭の猛犬となっていて、
出合い頭だったとはいえ黒獣を繰り出す芥川を振り切ったというから
もしかして姿を変える知恵も付いたか、恣意的な変化(へんげ)なのかと対策班が震え上がったくらいだったが、

 『あれは偶然だと思うよ。』

親にあたろう異能者さんがファンタジー好きで、
最近はそういうモンスターが出てくる作品を書いてたかららしく。
これまでの習作とやらを分析した結果、
最後の異能の産物として出て来た存在が転変しているあれやこれやは、
その人の作品の主たる敵役の出て来た順番だという。

 『作品の描写や何やの練られようも上がっては来ているから、
  当初は張りぼてぽかったものがどんどん充実した存在になってはいるが、
  そうまで空想架空の存在ならば、ある程度は基礎となる骨組みも要る。』

文字通りの幻で良いなら構いはしないが、というか、中途半端でもそういう骨格を持っていたればこそ、
高架下の金網フェンスやら駐車場のブロック塀やら、
倉庫街の分厚いシャッターなどなどを破壊して回れているのだろう。
向こうも臆病なのか今のところは人の気配がないところが多かったが、
それがいつまでも続くとは限らない。
自分が何者なのかとアイデンティティーを求めだすような“成長”でも始めたら、
そのままゴジラばりのモンスターと化して繁華街へ繰り出して来るやもしれずで。
今はまだ人的被害は出てはないが、
暴れ出せば少なからぬ脅威には違いないとし、推定罪にて引っくくらんと構えた次第。
断定したのは軍警の頭脳たる特務異能課だが、
芥川と鉢合わせた折、牙を剥きつつ力任せに駆け出して、
怯みもしない相手と見るや打って変わってその姿を文字通り“消した”というからなかなか厄介。
市民とヨコハマの安寧を望む武装探偵社もポートマフィアも異論はない。

 「ここへまんまと誘い込んだ誘導っぷりはさすがだな。」

中也と敦が随分と高みから見下ろしていたのは、
特撮もの用のスタジオというにはあまりに広い、春から販売開始予定の一大分譲住宅街。
ほんの何区画なんてかわいい代物じゃあなく、
ヨコハマ初の学術研究都市という謳い文句付きで、
大学付属の学校各種や病院、工学研究所などなども内包され、関連企業の工場や社員の社宅も含まれるほどもの、
市町村単位はあろうかというほどもの広大さであり。
動脈となろう快速停車予定の駅を中心に、建設途中の家々が模型のように地を埋めかかっているが、
夜陰の今、そこはちょうど頭上に昇ったばかりな月の上の世界のように
しんと静かで生気のかけらも感じられはしない。
分譲の工程が予想以上に手間取っているという情報を回して募集を遅らせ、
高度な研究施設もあるがため、まだまだ立ち入りは出来ないよとマスコミの取材も徹底して排除中。

  というのも、内務省事務次官による“銀の宣託”もどきの戒厳令を各所へ通達したためで。

此処を使おうという白羽の矢が立ったその瞬間から
“一般の政府関係筋”へは極秘情報として有毒物質流出地域とされたという通達が流され、
建設関係から住宅関連各社の関係者に至るまで、
上空や地下も含めた半径50キロ圏が懲罰付きの絶対立ち入り禁止とされる空前絶後な令が発布された凄まじさ。
そうまでしての完全無人化した広大な空間にて、
誰もいないがそういうプログラムなのか街路に添うた街灯だけは灯る中、
ただただ待機状態にあった中也と敦の二人だったが、

 「……え? あれって…。」

冗談や誇張ではなく、
踏み出された重々しい一歩へともなう“ずぅん”という地響きがこちらへ届いたほどの巨体が、
いつの間にかというほど気配もないまま忽然と現れていて。
夜目の利く二人だからこそ目視出来たような出現へ、まずは…やや呆気に取られてしまう。

 「……あそこまで大きくもなれたんですね。」

だってどう見たって帝都タワーかヨコハマランドマークタワー並みの大きさだ。
距離はまだあるというに遠近感がおかしくなるほど、
それはでっかいシルエットがずずんずずんと進軍する様は、
たちの悪い夢でも見ているようで。
これまでにも数えきれないほどの悪夢と言えよう巨悪と対峙してきた敦でさえ、
そんな的外れな感慨をこぼしたほど。
呆気にとられたのも数瞬で、あれの相手をするための布陣だったのを思い出し、
それでか“あわわ”と息を引く虎の子がついつい懐の中也にしがみつくように腕の輪を縮めた。
難敵が過ぎるとの思いから、引き留めようとか一緒に逃げようとかいうのではなさそうで、
びっくりしすぎたせいでの単なる反射のようなものだろう。
それへクスンと小さく笑い、

 「まあ、あの程度のブツとも やったことがなくはねぇ。」

不敵そうな言いようをする帽子の幹部殿。
敦は知らぬが、例のヨコハマを霧で囲った異能力収集家との悶着の折、
ゴジラより大きかったろうドラコニアの成れの果てと一戦交えた中也だったし、
その前には組合の手駒だったラヴクラフトが転変した巨大な存在とも戦っている。
とはいえ、そんな話は中也もわざわざ披露したことはないし、
これからも必要がない以上零すことはないだろう。

「南国の密林にはな、大人一人丸呑みしちまうアナコンダって蛇もいる。」
「ええ〜〜?!」
「海にはクジラだっているんだぜ? あのくらいのデカブツがいること自体は驚くに値しねぇ。」
「中也さ〜ん。」

色々と並べる余裕綽々なままの幹部殿の、何かしら思惑の染みた視線に気づき、
弱音っぽい非難の声こそ上げつつも彼の要望通り共に鉄塔の上で立ち上がる。
ちょっとほど自分よりも背が高い愛し子を肩越しに見上げると、
現状というもの、敦に語ってやることにした中也で。
細い顎をしゃくるようにし、架空妄想産物である異能ゴジラを示しつつ、

「ありゃあもう姿をくらます気はねぇんだろう。
 どう誘導されての出現かは知らねぇが、何か餌んなるものにおびき出されての行動だってんなら、
 それがこっちへ投下されるのを待つまでだ。」

随分と言いようを端折っているが、
太宰や乱歩、国木田が務めている地上班の作戦の要となっている“何か”のせいで姿を現し、
わざわざ此処へやってきた彼奴だというのなら、
そのおびき寄せの“タネ”が投下されるはず。
それを使ってもっと引き寄せた上で撃沈させて身柄を拘束、乃至は滅するのが最終目的だ。
ちなみに身柄を保護した異能者自身へ太宰が触れてもこの存在は消えなくて、
目撃情報や人力ではあり得ぬ破損通知は立て続いたままであり。
異能効果付帯型というか、ファンタジーの世界でいう“祝福”型のそれらしい。

 『祝福型?』
 『眠れる森の美女に出て来るだろう?
  姫君が生まれた宴へ招かれた妖精たちがお祝いにって一つずつ祝福を贈る。
  あれは魔法や呪いじゃあないからね、贈った主が死んでも解けないのさ。』

何かしらで贈った主が死んでしまったら無くなるような代物なんて
誕生を祝福する記念にと渡されても祝いにはならないからねぇと、
与謝野女医が判りやすく説明してくれた。
理屈は判るがこんな事態への応用に選りにも選って何を例えに持ち出しているのやら。
それはさておき、

 「行くぞ。」
 「はいっ。」

色々と思案するのも後回し。
地上にいる作戦立案班から状況は逐一インカムを通じて伝えられることになっている。
それ以前に、行動範囲や何やへも充分に刷り合わせは済んでもおり、
それらの範疇の中で、好き勝手に暴れて良いと言われているため、
まずはと中也がとった行動は、自身と敦へ重力操作の異能を発動させること。
少年の方はこの電波塔へ置いてっても良かったが、

 『最終攻撃の実行に当たっては、ウチの誰かを間近に置くこと。
  今さら暴挙に出るとも思えないけれど、後見役として探偵社の同坐を要求する。』

大将格としてマフィア側からは中也が出るとの意向を届けたところ、
探偵社側からわざわざの通達として、立会人としての社員の行動同伴を要求された。
手の内は晒されているのだし、対象を何なら駆逐したいのはマフィアも同じ。
今更作戦上の裏切りを敢行されるとは思っていない、むしろ

 『誰かさんが面倒がって“汚辱”とか使われちゃあ後片付けが大変だからね。』
 『う…。』
 『???』

太宰の一言へ、
敦が首を傾げたほかは、実戦班の誰もが真摯なお顔を保ったままであり。

 『森さんも案じていたよ。
  それが証拠に、私を同伴させるのは控えてと付け足していたそうでね。
  表向きは作戦そっちのけで罵倒し合って面倒だろうからなんて冗談めかしていたけれど、
  傍にいて何かの間違いで異能が切れること以上、
  唯一アレを制することが可能な私がいると、
  無謀な思い切りの良さをキミが躊躇なく発動しないかってのを警戒してのことだと思う。』

元は裏社会きっての最強コンビだったとも伝え聞く太宰自身がそんな風に言い聞かせ、
それで渋々という体で納得した中也の傍に付けられたのが他でもない敦。
そもそも前衛担当、戦闘には慣れもあって機敏だし勘も良い。
普段は異能の相性から芥川とのコンビが多いが、今回は事情も違うし、
中也の自身への見切りの良さへのストッパーにはうってつけだろうという判断を敷かれたらしく。

 “…まあ、こうまで詰められてる作戦の仕上げだってことだしな。”

特に何かしらの文言を唱えるでなし、だが、
不意に身が軽くなり、浮遊感にくるまれたことで敦も自分へと掛けられた異能に気がついた。
そのまま中空へと踏み出し、鉄骨を軽く蹴って飛び出す中也に手を引かれる格好で、
結構な高さの何もない宙へと身を躍らせるのはなかなかに度胸というか思いきりも要ったが、
手をつないでいる人がにんまり笑ってくれるので、最初の短いドキドキもあっという間に昇華される。
あまり経験は詰んでないので制御が難しい空中浮遊だが、
どうやら中也が最善な位置へと移動を請け負ってくれるようで。
宙を並んで滑空しつつ、手つなぎから指だけ、指だけからそっと離されても怖さはなかったものの、
それは巨大な怪獣もどきへ近づいたことへはそれは判りやすくも身は竦みかかった。

 何せでっかい。

煌々と照らされちゃあいないが、
それでも街灯が灯っているので輪郭のみという以上に姿ははっきりと現れており。
体高は先ほども述べたがランドマークタワー並みで、
表皮はつるんとした蛇系爬虫類よりはごつごつした印象のそれ。
尻尾が長くて太いのは、巨体を支える意味合いもあってのことだろう。
体躯自体もなかなかに太く巨大で、
T-REXというよりも ゴジラか若しくはキングギドラにも似た姿で二足歩行している、正に怪獣体型のそれは、
何もない広大な空間を自身に向かって飛んでくる、此方の存在をしっかと把握しているようで、
爬虫類のような縦長の虹彩をした双眸は頭上へしっかと向いている。
ぱかっと武骨な岩石みたいな牙だらけの口を開いたので、
まさかまさかそこもSFのように何か怪光線でも吐くものか、
若しくはファンタジー設定なら炎弾とか飛び出すのかなと身がすくんだ虎の子だったが、

 「まさかにお話ししましょうってんじゃなかろうなっ。」

そんな鋭い怒号が間近で放たれて、
先手必勝とばかり、どうやって反動をつけたものか弾丸のように勢いに乗って、
外套はためかせ目標への一直線、宙を翔って行った中也であり。
どこぞかの遠い星雲から来た格闘宇宙人のよに、
中空でも自在にその身を躍らせると、選りにも選って眉間をめがけて足から突っ込み“双脚着地”を決めている。
着地なんて上品なものじゃあなく、

 “もしかして立派な跳び蹴りだよねぇ。”

ドロップキックかフットスタンプかも知れない。(……)
嵩は小柄でも鋼のように鍛えている体躯はしたたかなまでに強靱だし、
そこへ異能で重力も載せていて加速も付いていたのだ。
矢のようにどころじゃあない、
アスファルトの道路を同心円状にを陥没させるに足るほどのそれ、
ちょっとしたバズーカやグリネードランチャーで射出された砲弾級の威力はあったに違いなく。
強大な怪獣もどきも “ギャッ”とも“ぐわん”ともつかぬ弩声を上げ、
反動以上にダメージを受けてだろう、やや後ずさるよに よろめいている始末。
足首まで埋まっているように見えた“着地”の一撃を、そのまま足場代わりにして宙へと身を戻した幹部様。
鮮やかにトンボを切ったところなぞ、大して反動や疲弊はないものか、
どちらが悪者であるのだか、いかにもヒールっぽいシニカルな笑みを口許へにじませると、

 「何なら次はパイルドライバーでも仕掛けてやろうか。」

そんな一言を高らかに投げかけている。
見物人になりかかっている敦しか観客はない舞台にて、何とも好戦的な雰囲気の御仁だったが、

 “…パイルドライバーって胴を逆さに抱えて頭から落とす奴ですよね。”

これも仕事柄というものか、意外とプロレス技にも通じていた敦くん。
どんな仕様かはすぐ判り、でもそれって…と案じかかったものの、
いやいやこの人ならこの巨躯を浮くほど抱え上げるのも不可能じゃあないかもなんて、
空中と地上にて繰り広げられている珍妙な怪獣大決戦の場で、呆然と感心が入り混じった感慨に浸っておれば。

 【敦くん、聞こえる?】

耳へと装着していたインカムからこちらの名を呼ぶ声がして、
太宰の声で次の指示が届けられる。
それへとかぶさるように、

 「中也さんっ。」

芥川の声がして、地上から宙へと滑空してきた何かがあった。
反射で攻撃しなかったところはさすが思慮深さも持ち合わせる幹部様、
火器を使うと相手が察知し反応するかもしれぬとの恐れからか、
羅生門で反動をつけたのだろう、結構な高さの此方まで届いた投擲物を
パシッと手で受けたそのまま見れば、ようよう見慣れたツール、何の変哲もないスマホが一基。
何だこりゃと怪訝そうに眉をしかめておれば、
画面が電子通達(LINE)に勝手に切り替わり、

 【これは其奴の生みの親さんの愛用機器だよ。
  それを使ってお話を書き綴ってたらしい。
  もしかして其奴の徘徊暴走も、
  その生まれたところへ戻りたくてのことなのかも知れないと乱歩さんが。】

文章を打っているのはおそらく太宰だろうか。
淀みなくかなりの速さで紡がれた文面へ、ややぶっきらぼうな顔でいたものが、

 「…ふん。」
 「中也さん?」

画面を黙って見やっていた中也が小さく鼻を鳴らすように息をつき、
おいでおいでと傍まで呼んで
同じ文面を見ていたが まだちょっと訳が分からぬらしい敦へと言葉を連ねる。

「どうやら名探偵が此奴を誘導する餌としたのもこのスマホで、
 それへ素直に着いて来たってこたぁ。
 此奴はここから生まれた身だっていう自覚があって、これが恋しいってことなのかも知れんってことだ。」
「あ…。」

この記載だけでは太宰か乱歩かどちらの推理か提言かまでは定かじゃあないが、
架空妄想の産物だというこの存在が
異能者の思念が詰まっているこれへ戻りたいのかも知れないというのも判らぬではない。

 「それでこうまで目立つ格好になりの、
  撃退しようという俺らを前にしても消えねぇでいたりすんのかもな。」

夜空に浮かぶ彼らを同族だと思って逃げないのか、
むしろ“どっちが上か白黒つけたる”とばかりに立ち向かう気満々なのかとも思ったが。
届かぬ高さでもないところまで降りていたのに、
こちらへ鋭い爪のある腕を伸ばすでもないまま、じっと見上げて来るばかりな相手であり。
本人(?)としても、どうしたらいいのかが判らないという意味での迷子になっているのかも。
見つけやすいようにと巨大化したというのなら、
結構凶悪な風貌なのにもかかわらず、なのに何の反撃もしてこないこともその答えではなかろうか。

 「成程、そういうことらしいというのは判りましたが。」
 「うん…。」

あくまでも推測だからか具体的にどうしろとの指示まではなく、
電子通達も続きの文章は紡がれないままだ。

「これを此奴に叩き込むのか?
 それとも執筆のメモを登録していよう画面を見せりゃあいいのかよ。」

一応は液晶画面を相手へかざし向けてみたものの、
双方とも何の反応も出ないから、そんな手立てではないらしく。
そんな切ない目で見んじゃねぇと、
さっき蹴りつけたことへまで罪悪感でも覚えたか、
中也までもがテンションを下げ、どうしたものかと考えあぐねるような声になる。
何せ前例のなさ過ぎること、こうまで大きい事態へ発展したものの、
蓋を開ければ害獣どころか相手も迷子のような眼をしている現状。
生みの親たる異能者本人は、依然として何が起きているのか知らされてもないままだとか。
そちらの異能をどうやって封じるのかまではこっちが考えることではないそうだが、

 “何か…。”

それってかつての自分みたいだななんて、
敦もまた、その淡色の宝珠のような双眸の目尻を下げてしまう。
異能の保持さえ知らないままだったところを何も教えられないまま身一つで放り出され、
飢えて死にそうになってたすんでで、たまたま太宰と国木田に拾われた。
本人も知らないところで、あの白虎という巨体に転変しては
畑を荒らしたり通りすがりの人などを驚かせていたようで。
白虎になっている間は敦の意思が働かない以上、
制御不能の災害をもたらす危険害獣扱いとされ、処分されてもしようがない身だったっけ。

 「敦?」

不意に沈み込んで何も言わなくなった相棒へ、中也が怪訝そうな声をかける。
あくまでも見届け人という格好で同坐している彼であり、
何かしらの協力として手まで出さずとも問題はない。
むしろ怪我をしないよう、もっと離れていてくれてもいいほどだと思っている中也だったので、
まだまだ人や生き物の生き死にには慣れぬほどに繊細なところもある彼のこと、
事態の混迷模様から具合が悪くなったのならば此処から距離を置くかと勧めかかったのだが、

 「ボクが行っても良いですか?」

掛けられた声へと反応して此方を向いたその所作に、
月光に照らされた銀の髪がさらりと揺れて。
そんな姿が何とも可憐だったのへ…気を取られたわけじゃあなかったが。
そうと言い出す虎の子くんだったため、
意外な申し出へ“え?”と幹部殿の表情が間延びしたのも一瞬。

 「何だ? どうすりゃいいのか、方法が判ったのか?」

何なら抹消するという手立ても抱えて来てはいたけれど、
それだとて叩き伏せての粉砕するとかいうよな方法。
汚辱が使えないならば、物理でいくしか手はなさそうだと眉を寄せていただけに。
そうではない何か、気づくか思いつくかしたのかと問えば、
ちょいと気弱そうに視線を落としたものの、
そのままスマホを見やり、

 「居場所が無くて帰りたいというなら帰してあげるのが一番です。
  でも、誰かの意思で出て来たとか出された存在ではない以上、
  それもそう簡単に叶うものではないのでしょうから…。」

そもそも創作によりイメージとして構築された存在が具現化したもの。
ようよう練られた存在だったがために頑丈で、
自己防衛の小技も使えるが、それがために消えることも敵わない。
外界にいる時間が長くなって 実体化にも固定化が進んだのやもしれない。

 「太宰さんの無効化は効かずとも、ボクの爪ならなんとかなるかも。」
 「爪?」

異能の効果を失くすのが “人間失格”で、
だがその場での “効果”を消すのであり、しばらくすれば使えるようにもなる。
敦の白虎の爪は神格級の効用があるらしく、
まだまだ謎は多いものの、異能力自体を裂く力があり、
切り裂かれたものへの異能は復活しないことが判っている。
可哀想な迷子ではあるが情けをかけている場合ではないし、このままではますますと行き場を失くしもしよう。

 「判った。やってみろ。」

こういうことへ同情を示す性分をしていよう敦が言い出したこと。
中途半端に“どうしよう、どうしたら”と迷っている場合でもないことも重々判っていての判断であるのなら、
彼のやりたいようにさせてやろうと思ったようで。
後々で悔いるようならば叱ってやればいい、
可哀想だったとしょげればしょげたで慰めてもやれるのだ…と、そこは度量も違うというもの。
小さな基体を手渡せば、
虎の子くんは自分へも言い聞かせるよに しっかと頷き、
やや堅い表情ながら、巨大な迷子の虚獣へと向き直る。

 「疲れちゃっただろ? もうお帰り。」

液晶画面の側を相手へ向けて、片手でスマホを差し出すように掲げると、
その手の爪を一気に虎化する。
月光に黒々と濡れる凶器を前にしても相手はじりとも動かぬままであり、
どこか覚悟してでもいるようで。
そんな対峙の均衡をそっと崩すよに 中也がトンと敦の背を押せば、
中空の高みからそれはゆっくりと敦の身が降りてゆく。
虚獣はやはり敵意も見せぬままでおり、
ただただじっと自分へ向かって降りてくる少年を見上げているばかりだったが、

 “………え?”

何の予兆もなかったこと。
少年の長い爪に取り囲まれたスマホから、さぁっと柔らかな光があふれ出し、
小さな基体からのそれはどんどんとその広がりを開いていって、
目映さの中で照らし出されているはずな相手をどんどんとぼやかしてゆくではないか。
コンクリの壁を抉りもした、金網フェンスをちぎりもしたほどの存在が、
目映くハレーションを起こしたそのまま、幻のように霞んでゆく。

 「………。」

敦にも予想しなかった反応で展開だったが、
静かな静かな帰還ならそれでいいと、
向かい合ってた虚獣のいた空間へまで食い込み、
そのままどんどんと下降を続け、とうとう着地に至ってやっと、
自分が降りてきた経路を振り仰ぐ。
掛かっていた薄雲が晴れて、真円を覗かせる月の横、
帽子の裾から柔らかい赤毛をたなびかせて中空に立つ人の姿へ向けて、
少しほど寂しげに笑って見せた虎の子くんだった。






不思議な光に包まれつつ徐々に消えてゆくという幻想的な光景を経たのち、
すっかりと姿を消した巨大な虚獣とあって、
一瞬ほど しんと静まり返った間合いを挟んでから、
おおおおと、微妙に抑えられた喚声が上がったのが地上待機班の皆様で。
捕縛対象である“虚獣”がスマホの出す発信の波長に誘われて現れたところから徐々に誘導を図り、
どんどんと肢体が巨大化してゆくことへハラハラしつつも
対処を執る二人の待つ市街地までを連れ込んだまでは打ち合わせもしてあったものの、
はっきり言ってその後は誰にも判らぬ未知なところ。
人外にもほどがあろう巨大な怪獣もどきに育ったのを見、
鏡花や芥川がそわそわと落ち着きを失くしたのは、待ち構え先に配されていた敦を案じてのことだろう。
こんな存在相手にどんな手立てがあるものか。
SFじゃああるまいに、どんな対処を取ればいいやら、
いくら異能相手の荒事には慣れていても穏便に済ますなんてまずは無理。
周辺のあれやこれやを破壊しつつの殴り合いか、ミサイル級の火器の投入か。
敦の虎化や中也の超重力でも歯が立つかどうかは怪しいかも知れぬと、
地上班が皆して危ぶんでいた中で、
緊張こそしてはいたが、彼らなら何とかするだろうと見越していたのが太宰である。

 “敦くんも、そして中也も、
  ある意味 迷子のような立場なのにしっかと自力で立ってる存在だからね。”

異能を掛け合わせ、荒覇吐という神を人工的に作った実験の“器”として用意された人格だなんて、
自分が人ならざる存在だと思い知らされたのはいつなのだろか。
世に出た時から何か違うようだと察していたものか、だが、
中也ほど人臭い人間もない気がするがと太宰は思う。
片やの敦もまた、その出生出自が誰にも知られてはなく、
白虎の異能は単に飢獣を下ろしてまとうそれだけとは思えぬ、色々な不随物を装備しており。
身を損ねても元へと戻る再生の力や、太宰の異能無効化とも格の番う、異能を裂いて抹消する爪を持ち、
それでなくともまだまだ異能による事態への慣れも薄い身でありながら、
それでも生きることへの渇望は強く、死んでたまるかと此処まで生き抜いた根性骨の持ち主で。
彼に限った話ではないが、
狡猾巧緻な悪党や、驚天動地な異能を操る敵はこれからも様々に現れることだろうから、
あくまでも真っ向から対峙するというのなら、知恵と勇気で掻いくぐってゆくしかない。

 “確かに、そうそう闇に葬れない今の立場の方が苦労も多いし、
  そう簡単にはいかないなんて音を上げれば負けだって辺り、
  無味乾燥な世界だと開き直ってばかりもいられないよね。”

非力なものは非力なり、愚かでもいいと頑張っている。
そこが善いのだとあの魔人へ言い返した言に嘘はない。
完全に消滅したことを確認するための監視班がこの場に残され、
問題のスマホも監察を兼ねて異能特務課にて隔離されるという。
それらへの人員がバタバタと配置されてゆき、
地上へ降り立った敦へはスマホを受け取らんと駆け寄った事務官が数人。
自身もやや虚脱状態なのかぼんやりしていたところ、
重力効果を消すためか、周辺を見分しつつ降りてきた中也がつかつかと歩み寄って来てその肩をポンと叩く。

 「あ。」
 「お疲れさん。」

警察関係者などなど、この事態には通じていてもそれ以外へは事情を知らぬ者が多い場だけに、
多くは語らずさっさかと立ち去る彼であり。
そんな彼の歩みへと、人垣の中からマフィア側の人員がするする集まってゆくところがお流石で。
本拠へ報告のためにと帰還するらしい彼らなのへ、
ぼんやりと視線を投げておれば、

 「敦。」
 「敦くん。」
 「敦さん。」

探偵社側の人々がわっと駆け寄ってきて少年を取り囲む。
ほんの数分前までの、何ともしがたい事態への緊張は地上でも同じだったようで。
ここまで規格外なことも起こりうるから異能って油断も隙もないと、
各関係筋が肝に銘じる中、
一番間近にいた身の少年はと言うと、

 「…ただいま。」

ほわりと淡く笑って会釈をし、
ああ大丈夫そうだと無事な帰還に安堵したお仲間たちに もみくちゃにされたのだった。






     〜 Fine 〜    22.04.26.


 *どこがお誕生日の直前に描くお話なんだか。
  異能による怪獣大戦争編でございました。(笑)
  まあ長い長い。
  その割に活劇は少なくて理屈まるけなお話ですみません。
  手ごわい相手と対峙するともなると
  敵設定に手間がかかるのがお強いお人を動かすときの手間でして。
  センスのいいお人はもっと手際よくちゃっちゃと書けるんだろうなぁ、うらやましい。

 *中也さん主役の小説「STORM BRINGER」に出て来る壮絶な戦いは
  読んでないので知りません。すみません。
  ウチの敦くんもまだ聞かされちゃあいないことでしょう。
  そこいらのあれやこれや、どのくらい明かしたものかはまだ未定です。
  まずは読まないといかんのだな。う〜む。